17日23:30
胎動が激しくなっているようで、妻は十数分間隔で苦しんでいる。
陣痛だ。
晩御飯に焼き肉を食べに行ったのが功をそうしたか。
世の中には陣痛ジンクス、“陣クス”というものがあり、
何かを食べたり飲んだりすると、なぜか陣痛が進むそうだ。
焼肉も、その一つである。
普段の「少し痛む」というレベルではなく、百均で買ったテニスボールで腰を強くさすらないと耐えられなくなっていた。
布団に横になるが、「痛い痛い」と繰り返している。
私も横になり、さすり続ける。
18日2:00
変わらず、10数分ごとの痛みが妻を襲っており、私と妻は全く寝つけていなかった。
横になると痛みが強くなるようで、妻はリビングにあるソファに座って、痛みを凌いでいる。
私も起きて、ソファの隣に座り腰をさする。
私は翌日仕事だったので、妻からは早く寝るように言われた。
寝られる気はしなかったが、寝室に戻り、横になった。
3:00
リビングから苦しそうな声がする。
居ても立っても居られなくなり、リビングに布団を持ってきて、ソファの側に布団を敷いた。
そこで横になった。
妻は、トイレにも30分に一度の間隔で行っている。尿を我慢すると、産道を圧迫するので、尿は我慢しないほうがいいらしい。
そのまま、お産が進んでくれればいいが。
3:30
まだ陣痛がおさまらない。
破水や出血、陣痛の感覚が10分以内になると産婦人科で入院できるのだが、妻の陣痛はそのレベルには達していない。
ソファに座っている妻の腰をさする。
徐々に眠気も来、そのままウトウトしてきた。
4:00
少し外も明るくなってきた。
妻の体力も限界に近い。
一旦布団で寝てみようと提案し、リビングの布団で横に一緒に横になった。
そのまま、私は寝てしまった。
6:30
起床し、仕事の準備をする。
普通であれば上長に連絡し、在宅勤務など妻の近くにいるべきなのだが、
午前中に、社内展開用のデモンストレーション動画を撮影する予定があった。
日を改めてもらうように連絡するつもりだった。
しかし、妻は「くんも寝てないけど、頑張って行ってきて」と送り出してくれた。
12:10
妻から電話がかかってきた。
幸いなことに、今日は10時から産婦人科で定期検診だった。
そこで入院、お産まで行けば、妻の苦しい時間が短くなると思っていた。
しかし、妻から聞いたのは、まだ入院するほどのレベルには至っておらず、今から自宅に帰るという連絡だった。
17:30
仕事を終え、帰宅する。
妻は暗いリビングの布団に寝ていたが、起き出した。
起きてきた妻に健診のこと、身体の痛みのことを聞く。
陣痛はまだ継続しており、昨夜から一睡もしていないようだ。
会社の動画撮影はうまくいったことを伝えると喜んでくれた。
19:30
キーマカレーを作る。
カレーも陣クスの一つで、少しでもお産を進めたいという作戦だった。
玉ねぎと挽肉をたっぷり使ったので、とても美味しく作ることができた。
23:00
お風呂上がりに、オロナミンCを飲ませた。
これも陣クスだ。
焼肉、カレーと陣クス連発しているので、そろそろ効果があってもおかしくないだろう。
これ以上、妻の苦しいところを見るのは辛い。
妻はリビング、私は隣の寝室で眠りについた。
19日2:30
妻の声で目が覚める。
陣痛の感覚が8分前後で短くなっているようだった。
そのまま腰をさすりながら、陣痛アプリなるもので、時間を測っていく。

陣痛の感覚が8分程度になった。
妻は産婦人科に電話をし、今の状況を伝える。
入院する準備をして来るように指示された。
急いで準備をし、タクシーを呼んで私たちは産婦人科に向かった。
2:50
産婦人科に到着する。
コロナ対策のため、夫でさえも建物に入ることが出来ない。
夜間通用口に入る妻を見送って、乗ってきたタクシーに乗り、家に帰った。
場合によっては、検査後に再度自宅に帰らせられる事もあるらしい。
そんなことをされれば妻のメンタルが持たないだろう。
無事に入院してくれればいいが、、、
妻からのLINEを待たずして、私は眠ってしまった。
6:50
起床する。
妻からLINEが来ていた。
到着後検査された後に、入院することになったらしい。
子宮口は2cm空いているようだ。
ひとまずホッとする。
もしかすると今日出産かもしれない。
上長には連絡し、在宅での勤務をすることにした。
11:40
妻からLINEが来た。
陣痛が少し治まり、妻は少しの休息を得ることが出来たようだ。
よかった。
陣痛が和らいたとはいえ、もうすぐ生まれるかもしれない。
まだ、気は緩められない。
15:10
妻はお産を少しでも進めるため、産婦人科の足湯に入ってリラックスしたようだ。
また、院長からも焦らないようにと、アドバイスをもらったらしい。
確かに、昨日から目まぐるしく状況が変わるので、それについて行くために、夫婦共に事を急いでしまっていた。
そんなストレスが1番身体に悪いだろう。
LINEの文面でのやりとりの奥で、妻は少し落ち着いたように見えた。
22:40
テレビ電話をした。
画面には、泣きべそをかいた妻が映っている。
「早く家に帰りたい」と妻は言った。
少し不安定になっているようだった。
まあ、無理はない。
2日間満足に睡眠も取れず、痛みと闘っているのだ。
もちろん、早く出産できればベストだが、日中、院長が言ったように焦っては何もうまくいかないだろう。
私は焦らず、ゆっくり過ごそうと妻に声をかけ、落ち着かせた。
そのまま、妻は眠りについた。
20日6:50
「おはよ ねれた?」
妻にLINEを送る。
しばらく経っても既読はつかない。
もしかすると、ゆっくり寝られているのかもと思い、仕事に向かった。
8:37
今日は10時から、得意先での勉強会だったので、そのまま梅田に向かっていた。
はっと携帯を見ると、妻から着信が入っていた。
折り返しの電話をするも繋がらない。
「ごめん、気づかなかった。大丈夫?」と、メッセージを送る。
そのあと電話をするも繋がらなかった。
9:55
まだ妻からの折り返しはなかった。
また、LINEの既読もついていない。
何か、騒がしいものを感じる。
10時からの勉強会のため、得意先に入る。
すでに、弊社の社員が6名ほど座っていた。
また、入社した時のマネージャーだった上司もいた。
しばらく会話もしていなかったので、妻が産前入院した事を伝える。
「ほんまかー!もしかしたら今日かも知れんし、この後とかかもしれんな!」
と話してくれた。
10:00
勉強会が始まった。
得意先の営業が壇上に立って、パワーポイントのスライドを説明している。
勉強会の内容は興味深かったが、頭の片隅には、妻がどうなっているのかの不安がもたげていた。
10:08
妻から着信が入った。
ただ、勉強会の話の内容で、退席するにはキリが悪かった。
電話がきれる。
「ごめん、取れない」
とLINEを返信した。

10:24
勉強会の内容が個人作業になったタイミングで、私は退席した。
取引先の受付に移動し、LINE電話をするも繋がらない。
30秒ほど着信したが、妻は出なかった。
諦めて、勉強会会場のドアを半分開けたところで、再び着信が入った。
妻からだ。
緊張して電話を取った。
「もう生まれそう」
妻はボソッと言い、誰かに電話を渡した。
助産師さんだ。
「旦那さんですか?もう生まれそうですよ。」
「テレビ電話を繋ぎましょうか」
そういうと、相手の画面が映った。
手術室のような壁面に、何人か医師が見えた。
手術室に見えた部屋は分娩室だった。
もう出産が、目の前まで来ていた。
しかし、画面が固まっている。
音声は聞こえるが、画面は一生助産師の顔だ。
“すいません。声は聞こえますが、画面が固まっています。”
そう伝えると、
何人かでスマホの設定のどこをいじるだとかの会話が聞こえた。
「Wi-Fiを持ってこようか」
そんな事も聞こえたが、画面は動かない。
スピーカー越しには、妻が「ヒーヒー」と言っている声も聞こえた。
まだ画面が動いていないと伝える。
「あー…もうええか!これでいこう!」
無情にも、こちらの通信環境は二の次だった。
否、当たり前ではある。
しばらくすると、画面が変わった。
妻の頭側からの画角で、いわゆる赤ちゃんを取り上げる時の体勢になっている。
赤ちゃんを取り上げる人もスタンバイしている。
助産師の掛け声で、「ヒーヒー」を妻は続けている。
「頭が出た!」
音声はしっかりと届いていた。
分娩室で繰り広げられる出産のクライマックスだ…!
助産師は妻を励ます。
そして、十数秒後、、、
10:31
赤ちゃんの泣き声と、助産師の歓喜の声が聞こえた。
生まれた!
しかし、スマホの画面には、まだヒーヒー言っていた時の映像が静止画となって映っている。
どういう顔をしていいものかわからないが、無事に生まれたことに、顔が緩んだ、、、
19:22
妻とのLINE電話で「つぐみ」の顔を見る。
シワシワでガッツ石松だ。
誰も最初はガッツ石松なんだ。
生まれて10時間も経っていないつぐみは、
赤ちゃん特有の白いぶつぶつが付いている。
目はぱっちり二重だ。
まだ実感がわかない。しかし、確かにつぐみだ。

4月20日
今日から、人生の第二章が始まった。
(エピローグ)
4月20日19:55
“分娩室でスマホの画面が止まってて、そのまま出産やったわ“
妻と会話をしながら、分娩室にアクセスの良いwi-ifを提案したいと、冗談を言う。
「いや、今まで分娩室で画面止まったことないらしいで」
…マジ?
だとしたら、相当運がないのか、私は。
…!!
違う、必然だ…
私は格安スマホで、「日中はパケットを抑えて、めちゃくちゃ遅いモード」にしていることを忘れていたのだ…
恥ずい!恥ずすぎる…!
かくして、私は「フリーズした旦那」で助産師の中でネタになったとのこと。
世のプレパパの皆さん、
LINE立ち会いの際は、今一度通信環境を見直して頂きたい。
to be continued…